ARTICLES 翻訳におけるポリティカル・コレクトネスの重要性
近年の国際化に伴い、ポリティカル・コレクトネスが翻訳作業において重要な概念のひとつとなっています。
ポリティカル・コレクトネス:特定の言葉や所作に差別的な意味や誤解が含まれないように、政治的に(politically)適切な(correct)用語や政策を推奨する態度を指す。
Black Lives MatterやLGBTQなど、人種や性に関する多様性が求められる現代において、ポリティカル・コレクトネスの概念は国際社会において重要性を増しています。
ポリティカル・コレクトネスの中でも、特に性別に関わる概念をジェンダー・ニュートラルと言います。これは、思考、行動、制度などが、伝統的に根付いた性別による役割認識や規範に影響を受けるべきではないとする考え方を指すものです。
日本において、昨年10月に日本航空が、今年3月に東京ディズニーランドが、アナウンスで「Ladies and Gentlemen」「Boys and Girls」という文言を撤廃したのはこのジェンダー・ニュートラルに基づく判断と言えます。
今回は、日本語から英語へ翻訳する場合のポリティカル・コレクトネスの重要性および注意点について、具体的な翻訳例を交えながら解説していきます。
日本におけるポリティカル・コレクトネスの認識
欧米諸国と比較すると、日本におけるポリティカル・コレクトネスの認識は未発達と言えます。例えば、上述したアナウンスにおける「Ladies and Gentlemen」の文言撤廃は、ロンドンやニューヨークでは、すでに2017年に実施されていました。
また、ポリティカル・コレクトネスの概念が顕著に現れるのは職業名です。
日本語でも「看護婦」が「看護師」と呼ばれるようになったり、「保母さん」が「保育士」と呼ばれるようになったり等、特定の性別が想起される職業名は、そうでない表現に移行、浸透しつつありますが、一方で、「女優」や「カメラマン」といった言葉もまだ存在し、「俳優」や「フォトグラファー」といった言葉へ完全に移行されていないことが分かります。
このように、ポリティカル・コレクトネスの概念が浸透していると言い切れない日本において、企業や個人が海外向けの文章を作成することは、欧米諸国の人々にとって問題視されたり、敬遠されたりするような不適切な表現を、気づかぬうちに含んでしまう可能性をはらんでいるとも言えます。
実際の例を見ていきましょう。
日本で見られるポリティカル・コレクトネスの例
- 「女性でも簡単に~できる」
例えば、使用方法が難しかったり、体力が必要だったりする製品について、「女性でも簡単に~できる」という表現が、日本の製品プロモーション等で見受けられます。しかしながら、これは欧米ではポリティカル・コレクトネスに反する表現となります。
そのため、翻訳では、「専門知識が無くても」や「体力に自信のない方でも」のように、状況に応じて言い換える工夫が必要です。
- 美白
肌の色の多様性を考慮して、現在欧米諸国では美白・白い肌を指す「whitening」「fairness」「lightening」といった表記を取りやめた化粧品ブランドが多数あります。日本でも、今年3月に花王が「美白」という表記を取りやめることを発表しました。
こういった商品の説明を翻訳する際には、原文にとらわれることなく、商品の持つ効果や特質を考慮しながら文章自体を工夫する必要があります。
- 単数形の「they」
日本語では彼、彼女、といったように、三人称の代名詞として、男性はhe、女性はsheと使い分けるのが一般的な用法でしたが、近年では男性でも女性でもないという性自認を持つ個人(ノンバイナリー)について「they」が使われるようになっています。
例えば、ノンバイナリーであるRobinという人物について紹介する場合。
“This is Robin. They work at this company.”というふうに言えば、「こちらはロビン。この人(they)はこの会社で働いています。」と、他者に勝手に性別を決められることなく、heやsheを使わずとも、個人について説明出来るようになります。
翻訳では、読み手への「配慮」も必要不可欠
文化の違いから、私達日本人にはまだ気づけないことがたくさんあるでしょう。しかしながら、日々めまぐるしく様々なことが変化する時代において、翻訳においては読解力や表現力といった言語スキルだけでなく、時代の変化にアンテナを張り、それに対応していく姿勢も求められます。
このポリティカル・コレクトネスは、「言葉狩り」とも揶揄され、反論している人々も多くいるのは事実ですが、いつでも伝え手を配慮する姿勢は重要であり、今後も尊重されるべき概念と考えています。