「加賀につづいた琳派 宗雪・相説 ― 宗達と光琳のあいだに ― 」展覧会翻訳
| 石川県立美術館様 |
| 博物館、美術館 |
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日本語⇒英語翻訳 |

Overview 概要
石川県立美術館は、国宝《色絵雉香炉》の展示でも知られる、由緒ある美術館です。
2025年4月に開催された展覧会「加賀につづいた琳派 宗雪・相説 ― 宗達と光琳のあいだに ―」において、エクスプレッションズでは展示パネルおよび図録の英語翻訳を担当しました。
Work Details 当社の取組み
タイトル翻訳:日本語の美しい響きをどう反映するか
今回の翻訳において特に重視したのは、展覧会タイトルの持つ言葉の余韻と含意をどう英語に置き換えるか、という点でした。まず「宗雪・相説」という主題は、日本語においては「読みは同じ(そうせつ)でも漢字が異なる」という点に含まれる言葉遊び的な知的面白さが魅力ですが、英語にはそのニュアンスを直接的に伝える手段がありません。そこで、音の一致を重視するのではなく、「同じ名前を持つふたりの作家」というコンセプトを前面に出し、”The Two Sosetsus“という訳語を選びました。
また副題の「―宗達と光琳のあいだに―」も、文字通りの英語訳である “Between Sotatsu and Korin” では、その詩的な響きや文脈的な意味合いを十分に伝えることができません。
原題が示しているのは単なる年代上の「中間」ではなく、「宗雪と相説が、琳派の二大巨匠である宗達と光琳の系譜を受け継いだ存在である」という、思想的なつながりや継承性です。
この意図を英語で表現するために、私たちはあえて直訳を避け、”Legacies of Sotatsu and Korin(宗達と光琳の遺産)”というタイトルに仕上げました。
この表現により、宗雪と相説という二人の作家が、宗達と光琳の影響をどのように受け、自らの表現に昇華していったのか、という展覧会全体の主旨や構造そのものが、タイトルに凝縮されることを目指しました。
作品目録:細部の観察と文法の整合性
歴史的な美術作品の名称は、しばしば漢字の羅列のように見える複雑な表記が多く、その背後には多くの情報が含まれています。英語への翻訳においては、こうした名称を見た目のまま音訳するのではなく、その内容を忠実に説明することが求められます。また、作品名に一般名詞が含まれる場合、英語圏ではそれが単数か複数か、限定されるか否かといった点が文法上重要となるため、実際の作品の構成や形状を正確に把握した上での訳出が不可欠です。
今回の目録翻訳にあたっては、美術館のご厚意により貴重な写真資料をご提供いただき、一点一点を確認しながら作業を進めることができました。写真を通じて得た情報を訳文の細部まで反映しつつ、画像だけでは判断が難しい箇所については、学芸員の方にご確認を仰ぎながら、作品実態との乖離が生じないよう慎重に進めました。
解説文:文化の橋渡しとしての表現力
解説文の翻訳では、日本独自の用語や概念をどのようにわかりやすく伝えるかが最大のチャレンジでした。
たとえば、「料紙」や「法橋」といった表現は、英語には直接的な対応語が存在しません。こうした場合には、必要に応じて補足を加えることが求められます。ただし、補足が長くなりすぎると、読者の注意が本来伝えたい主旨から逸れてしまう可能性もあるため、全体の文脈とのバランスを慎重に見極める必要がありました。そこで、文章全体のリズムや読みやすさを損なわないよう、訳文の調整に細心の注意を払い、翻訳を進めました。
Summary まとめ
美術分野の翻訳は、専門知識と文化背景への理解、そして原文のもつ空気感を損なわずに伝えるバランス感覚が問われる領域です。内容を正確に伝えるだけでなく、読み手の文化圏に応じた言葉選びや構成を工夫することで、初めて作品の本質に近づけると考えています。
また、翻訳の正確性を高めるには、実物の確認や専門知識を持つ方々のご協力を得ることも必要です。今回のプロジェクトにおいても、美術館の皆さまから写真資料のご提供や、専門的なご助言を丁寧にいただいたことで、翻訳作業を円滑に、かつ深度のある形で進めることができました。